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嘘つきのパラドクスー記号論理学の視点から―

皆さんこんにちは!

学生のためのビジネスコンテストKING2010学生対応局員、東京大学教養学部文科二類1年の藤田周です。

今日は、「嘘つきのパラドクス」という問題についてお話したいと思います。
一般には、「クレタ人のパラドクス」とも呼ばれる命題です。
ご存知の方も多いと思いますが、
以下にwikipediaの記述を転載します。



自己言及のパラドックスの古典として知られるのが、次の嘘つきのパラドックスである。

“ 「クレタ人は嘘つきである」とクレタ人が言った。 ”

なお、この発言をしたクレタ人はエピメニデスであるとされる。

ここでクレタ人(エピメニデス)自身が「クレタ人は嘘つき」と言及しているため、パラドックスが発生してしまう。すなわち、

1.「クレタ人は嘘つきである」が本当なら、クレタ人であるエピメニデスも嘘つきであるはずで、従って「クレタ人は嘘つきである」という発言も嘘でなければならない。
2.しかし「クレタ人は嘘つきである」が嘘なら、クレタ人であるエピメニデスも正直者である事になる。従って彼の「クレタ人は嘘つきである」という発言も本当でなければならない。

(原文では「・」で書かれていたところを、説明の都合上番号を振りました。)



ご覧の通り文章に言及する文章が矛盾をはらむことがある、という例です。
しかし、本当にここに矛盾が存在するのでしょうか。

ここで、記号論理学の考え方を導入してこの問題について考えてみたいと思います。
記号論理学、とはセンター試験で数学を使った人にはなじみ深い考え方かと思いますが、
ある命題を「裏」や「逆」、「対偶」などを使って数学的に考える学問です。

その考えを使うと、このパラドクスには論理の致命的な欠陥があることがわかります。



「クレタ人は嘘つきである」という発言が嘘であるときのその意味、
つまり「クレタ人は嘘つきである」という命題の「裏」の意味は、
「クレタ人は嘘つきである」ではなく
「クレタ人は嘘つきであるかもしれないし、嘘つきでないかもしれない」なのです。
「嘘つきではないひと」は「正直者」だけではなくて、
「基本的には正直者だけど、たまに嘘をつくひと」や、
「基本的には嘘つきだけど、たまに正直者なひと」も含まれています。

これは、A、B、Cという3つの選択肢があったとき、
「Aではない」という命題が、
「Bである」ということではなく
「Bであるかもしれないし、Cであるかもしれない」ということを示すのと同様です。

このように考えて上の引用の一部を書きなおすと、

1.「クレタ人は嘘つきである」が本当なら、クレタ人であるエピメニデスも嘘つきであるはずで、従ってクレタ人は嘘つきであるかもしれないし、嘘つきでないかもしれない。
2.一方、「クレタ人は嘘つきである」が嘘なら、クレタ人であるエピメニデスは嘘つきであるかもしれないし、嘘つきでないかもしれない。

のようになり、
全く矛盾は発生しません。

このように人間は簡単に論理の罠にはまってしまうことがあるのです。
身近な場所でも間違った論理に騙されてしまわないように気をつけたいですね。

次回は、クレタ人のパラドクスを別の視点から考えてみたいと思います。
それでは次回もお楽しみに!


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| Written by 藤田 | 19:00 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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